第1章 草創期

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第4節 戦時下での事業展開

1 ダイビル新館の完工

昭和恐慌以来、長く低迷を続けたわが国経済も1933(昭和8)年ごろから軍需産業の隆盛と満州国関係事業の促進、さらには赤字国債の発行による積極財政と低金利政策などが功を奏し、不況から脱しつつあった。それに伴って貸ビル業界でも事務所の需要が拡大し、当社のビルでも貸室希望者が増加傾向を見せ、既存の貸室者からも増室要請が相次いだ。ダイビル本館と日比谷ダイビルも満室となったため、1935年10月、当社はダイビル増築計画を明らかにした。ダイビル本館東側の空地に地上8階、地下1階、延床面積3400坪を有するオフィスビルを建築して業容を拡大しようという計画であった。本計画では、当社が保有していた空地の有効利用、本館・新館を合わせたビル全体としてのグレードアップ、増築後の収支状態の好転などが期待された。

  • 完工時のダイビル新館

1935年10月4日、ダイビル新館新築工事の設計・監理を渡辺建築事務所に委嘱し、続いて10月10日に間組と基礎工事請負契約を締結した。さらに12月15日に大林組と主体工事の請負契約を締結し、工事を進めた。完工は1937年7月31日であった。

主体構造は鉄筋コンクリート造の耐震構造、地上8階、地下1階、軒高31m、延床面積は1万2608m2(3814坪)であり、本館と合わせたダイビルの総延床面積4万4839m2(1万3564坪)という巨大オフィスビルとなった。ダイビル新館は実用本位を旨として設計され、日比谷ダイビル2号館で実績のあった空気調和による冷暖房装置を各室内に設置した。

ダイビル新館は1937年8月10日に開業したが、折からの経済活況によって即座に満室となった。テナントには有力企業が名を連ねたほか、英国領事館、ドイツ領事館、米国総領事館、インド商務官事務所などのほか多くの外国商社も在館した。

ダイビル新館開館から約1年半を経過した1939年3月の統計によれば、当時のテナント数は145社、在館者数は3351人であり、1日にダイビルに出入りする人は約2万人を数えたという。