History 歴史

創業以来、
時代のニースに応え続ける
ダイビルのビルづくり

ビジネスの都市集積を見越していた当社は、設立2年後には西日本のオフィスビルを代表する「ダイビル」を大阪・中之島に、
さらにその2年後には「日比谷ダイビル」を東京・日比谷に完成させました。
時代を見越し、ニーズに応え続けてきた
私たちの歴史をご紹介します。

草創期

大阪ビルヂング設立と
ビル事業の開始

設立当時は、第一次世界大戦後の不況の影響や関東大震災による甚大な被害からも復興しておらず経済界は混乱の中にあった。
そうした厳しい情勢下の開業ではあったが、順調な滑り出しを見せ、設立4年後には東京へ進出。
ビジネスの都市集積を見越して、会社設立直後から東京進出を計画していた。

草創期

1923年 10月

大阪商船・宇治川電気・日本電力の三社共同出資により、
株式会社大阪ビルヂングを設立

株式会社大阪ビルヂングを設立

1925年 9月

西日本最大級の
オフィスビル

大阪市北区宗是町(現中之島)に
ダイビル本館竣工

経済と文化の発信地でもあった大阪・中之島の一角に建設され、その規模の大きさや高い機能性により「大大阪にふさわしいビル」と称された。関東大震災後の大阪で、最初の耐震構造を有する建築物とされ、その後のダイビルの耐震性重視の先駆となる。最上階(8階)の西側半分には、在館者のための社交の場として「大ビル倶楽部」が設立され、関西財界の要人が集まって食事や会合にも使用された。

新旧比較

新旧比較 ダイビル本館 約90年の時を経て、新たに竣工。
受け継がれたレンガ造りと設計思想。

旧ダイビル本館といえば、日本における本格的な貸しビルの草分けとされる存在だ。
この名建築をどう建替ていくのか。様々な議論を重ね「歴史を物語る姿を復元してその姿を残しつつ、最新の機能性や安全性を実現し、末永く使い続けていけるものにしなければならない」という思いに到達。旧ダイビル本館の外装を構成していたテラコッタ、レンガ、石材レリーフを再利用する一方、最先端の発想および技術が惜しみなく投入された新しいダイビル本館が完成した。

Before ダイビル本館
After ダイビル本館

鷲と少女の像

旧ダイビル本館ではオリエント風を加味したネオロマネスク様式の外観イメージも人々の目を引いた。中央玄関の半円アーチの上に飾られていた「鷲と少女の像」も復元され、竣工以来長く市民に親しまれている。

Before 鷲と少女の像
After 鷲と少女の像

ダイビルサロン1923

1階には、ダイビルサロン1923を開設。旧ダイビル本館の装飾品や調度品を再現し、在館者のための社交の場として供されていた「大ビル倶楽部」の雰囲気を彷彿させる。

Before ダイビルサロン1923
After ダイビルサロン1923
西日本最大級のオフィスビル

1927年 7月

東京への進出

東京都千代田区内幸町に
日比谷ダイビル1号館竣工

東京での記念すべき第1号として大阪本館より更なる工夫と改良を目指した。設計上の工夫として、エレベーター、階段、給湯・給水設備を中央部に集中して配置するセンターコアシステムを採用。現在のセンターコアシステムを採用した第1号物件とも言われている。外観も独特で、軒蛇腹と7階窓台に国産テラコッタを使用した数々の飾り獣面や鬼面を装着しており、そこから「お面のビルディング」と親しまれることになった。

新旧比較

新旧比較 日比谷ダイビル1号館 第1号館跡が地上21階の高層ビルに。
第2号館跡は都市緑化を担う公開空地へ。

築後60有余年がすぎ、建替計画では「周囲の都市環境をも含めた設計」をテーマとし、第2号館跡を緑地、第1号館跡をその分高層化することで全体の最適化を図った。
旧日比谷ダイビルは外壁に魔除けとして鬼面・獣面の125体を装着するなど「お面のビルディング」として親しまれおり、老朽化のため建替が決まった際には、獣面や動物レリーフにあしらわれた動物たちの助命嘆願の手紙が数十通も寄せられた。その声に応える形で新日比谷ダイビルの21階吹き抜けの中庭や公開空地などに取り付けられている。

Before 日比谷ダイビル1号館
After 日比谷ダイビル1号館

公開空地となった旧2号館跡地

東西に立ち並ぶ旧日比谷ダイビル1号館・2号館。旧2号館跡地のうちエントランス部分を除いたスペースはすべて公開空地となり、人々に親しまれている。

Before 公開空地となった旧2号館跡地
After 公開空地となった旧2号館跡地

鬼面・獣面や動物レリーフ

公開空地の滝には6個の鬼面・獣面のお面を装着し、口から水を流し落とすガーゴイルとして利用。敷地内の様々な場所に鬼面・獣面や動物たちの彫刻が装着され、都市における印象的な光景としてマスコミにも取り上げられた。

Before 鬼面・獣面や動物レリーフ
After 鬼面・獣面や動物レリーフ

1931年 4月

日比谷ダイビル2号館竣工

1937年 7月

ダイビル本館に隣接してダイビル新館竣工

復興・発展期

戦後、ビル建設の再開・
拡大から街づくり志向へ

戦争は終結したが、荒廃した国土と厳しい経済環境下での再出発となった。
当社は社名を「大阪建物株式会社」に改称し、新しい社名のもと、
工場化されていたビルの復旧、各ビルの諸設備の修復など、戦後復興の第1歩を踏み出した。

復興・発展期

1945年 10月

大阪建物株式会社に社名変更

大阪建物株式会社に社名変更

1946年 6月

日比谷ダイビル1号館・2号館接収(1958年12月まで12年5ヵ月駐留軍の占有下)

1950年 12月

大阪証券取引所上場

1958年 4月、1963年 10月

日本初の
屋上樹苑設置

大阪市北区堂島浜に新ダイビル南館(1958年)、
北館(1963年)竣工

戦後特需が去り、景気後退期に入ったことで一時計画を断念していた大阪・堂島の土地は、長期にわたる景気回復が始まった1956年に新ビル建築計画を再開。先に開業した南館は、堂島川沿いに白く輝き、戦後大阪の復興の象徴となった。5年後に竣工した北館は、高度経済成長の先を見据えた「環境との調和」というビジョンを盛り込み、日本最初の試みとして屋上樹苑を設置。約1,000坪の庭園を設け、およそ5,400本の草木が植えられた。

新旧比較

新旧比較 新ダイビル 自然との調和の思想を受け継ぎながら、
新時代に向けた、新たな姿へ。

「環境と調和」のビジョンが盛り込まれた旧新ダイビル。新しい新ダイビルは「堂島川沿いにのびやかに大庇が積層する環境親和型ランドマークビル」を目指し、環境負荷の軽減や外気冷房や雨水利用などの自然の恵みを生かした環境共生ビルとなった。徹底したBCP対策も盛り込み、災害対策だけでなく復興も意識した。
最大の挑戦となったのは屋上樹苑の移植計画で、約1,000坪の「堂島の杜」が整備され、樹勢の盛んな22本が移植された。

Before 新ダイビル
After 新ダイビル

屋上樹苑は「堂島の杜」へ

旧ビルの屋上樹苑で育ったケヤキやモミジ等の樹木の一部を移植。旧ビルの屋上樹苑に込めた思いと共に、生物多様性に配慮した新たに安らぎの杜として生まれ変わった。

Before 屋上樹苑は「堂島の杜」へ
After 屋上樹苑は「堂島の杜」へ

羊のオブジェ

直線的なビルの固い印象を和らげることを狙い設けられていた旧ビル4階の四隅のバルコニー。そこに鎮座していた羊のオブジェは、新ビル竣工に際し地上に降り、新たな新ダイビルの顔として敷地の四隅に移設された。

Before 羊のオブジェ
After 羊のオブジェ
大阪市北区堂島浜に新ダイビル南館(1958年)、北館(1963年)完工

1967年 8月

地域社会に対する
機能的かつ景観的な貢献

東京都中央区京橋に八重洲ダイビル竣工

首都の表玄関にふさわしいビルとするため、八重洲ダイビルでは周辺の景観を損なわないように袖看板類の取付を一切認めなかった。また、1階は歩道に面してショーウインドーを設け街並みが暗くならないようにし、地下では八重洲地下商店街と地下通路で直結させ商業的な賑わいを見せた。地階には74台収容可能なガレージを設置。ビルの外観上の配慮や夜間の照明への気配り、交通事情を考えた駐車スペースの確保が、地域社会への貢献に寄与した。

東京都中央区京橋に八重洲ダイビル完工

1975年 3月

大阪市中央区南久宝寺町の御堂筋ダイビル取得

1976年 9月

東京都千代田区麹町に麹町ダイビル竣工

1983年 1月

東京都千代田区内幸町に内幸町ダイビル竣工

1983年 12月

東京証券取引所第一部上場

1984年 9月

先駆けとなる
空中権設定による
初のホテル建設

大阪市北区堂島浜に堂島ダイビル
(ANAクラウンプラザホテル大阪)竣工

堂島ダイビルは、当社が高級都市ホテルを建設し、全日空エンタプライズに一括賃貸するというプロジェクトであった。計画当初、法的な建築許容量が足らずホテル側が求める規模の建築ができない課題に対し、隣接するクラブ関西との間で空中権を設定することで解決を図った。初めてのオフィスビル以外の営業用建物の建設に、10階以上の超高層ビルの建築、空中権の設定は、当社にとってきわめて大きな意義を持った。

大阪市北区堂島浜に堂島ダイビル(ANAクラウンプラザホテル大阪)完工

1986年 5月

大阪市中央区淡路町に淡路町ダイビル竣工

1986年 9月

東京都港区三田に三田日東ダイビル竣工

拡充期

既存物件の取得や
大規模リニューアルの実施

過熱するバブル経済にも冷静な姿勢を堅持し過大な投資を控えた当社は、バブル崩壊の影響を最小限に抑えることができた。
バブル崩壊以降、投資を東京に集中させる方針を掲げ、既存物件の取得および商業ビル事業にも取り組み、業容を拡大。
老朽化が進んだビルには大規模リニューアルを実施していくこととなる。

拡充期

1988年 6月

M&Aにより大阪市北区堂島のボルカートビルディング(堂北ダイビル)取得

1989年 10月

当社初の
建替工事に挑戦

日比谷ダイビル建替第一期工事完了、
新ビル竣工

日比谷ダイビルの建替は、多数のテナントが入居している稼働中のビルを解体し建替るという当社にとっても初の試みだった。建替計画の推進にあたり大きな課題は2つ。1つはテナントの仮移転先をどうするか、もう1つは建替方式だった。およそ10年にわたる前代未聞のこのプロジェクトは、同業他社でもほとんど前例はなく、予定通りに計画を完遂したことは当社の評価をさらに高めることにつながった。

新旧比較

新旧比較 日比谷ダイビル1号館 第1号館跡が地上21階の高層ビルに。
第2号館跡は都市緑化を担う公開空地へ。

築後60有余年がすぎ、建替計画では「周囲の都市環境をも含めた設計」をテーマとし、第2号館跡を緑地、第1号館跡をその分高層化することで全体の最適化を図った。
旧日比谷ダイビルは外壁に魔除けとして鬼面・獣面の125体を装着するなど「お面のビルディング」として親しまれおり、老朽化のため建替が決まった際には、獣面や動物レリーフにあしらわれた動物たちの助命嘆願の手紙が数十通も寄せられた。その声に応える形で新日比谷ダイビルの21階吹き抜けの中庭や公開空地などに取り付けられている。

Before 日比谷ダイビル1号館
After 日比谷ダイビル1号館

公開空地となった旧2号館跡地

東西に立ち並ぶ旧日比谷ダイビル1号館・2号館。旧2号館跡地のうちエントランス部分を除いたスペースはすべて公開空地となり、人々に親しまれている。

Before 公開空地となった旧2号館跡地
After 公開空地となった旧2号館跡地

鬼面・獣面や動物レリーフ

公開空地の滝には6個の鬼面・獣面のお面を装着し、口から水を流し落とすガーゴイルとして利用。敷地内の様々な場所に鬼面・獣面や動物たちの彫刻が装着され、都市における印象的な光景としてマスコミにも取り上げられた。

Before 鬼面・獣面や動物レリーフ
After 鬼面・獣面や動物レリーフ
日比谷ダイビル建替第一期工事完了、新ビル完工

1991年 11月

日比谷ダイビル建替第二期工事完了

1992年 1月

ダイビル株式会社に社名変更

ダイビル株式会社に社名変更

1997年 1月

大阪市北区中津に北梅田ダイビル竣工

1997年 2月

大阪市中央区高麗橋に淀屋橋ダイビル竣工

1997年 10月

大阪市西区土佐堀にエステート土佐堀竣工

1998年 8月

宝塚市武庫山にヴィオレット宝塚竣工

2000年 2月

東京都新宿区新宿に新宿アルタ館を取得、新宿ダイビルとする

東京都新宿区新宿に新宿アルタ館を取得、新宿ダイビルとする

2000年 5月

超高密度の克服

大阪市北区梅田に梅田ダイビル竣工

梅田ダイビル周辺には100m超えの高層建物が並び立ち、約2.6haに800%の容積を有していた。設計ではいかに超高密度を克服し、魅力ある都市空間を実現するかが最大の鍵となった。試行錯誤を繰り返し、1階に天井高15mの大きなピロティを確保した設計プランにより、立体的で都市的な歩行環境をダイナミックな都市空間とともにつくりだすことに成功。全長600mの地下プロムナード「ガーデンアベニュー」とも直結し、梅田周辺沿線とのアクセスも良好となった。

大阪市北区梅田に梅田ダイビル完工

2001年 2月

東京都港区芝の芝ダイビル取得

東京都港区芝の芝ダイビル取得

変革期

海外および地方への進出

関西および首都圏での事業展開を進めてきた当社であったが、経営計画に「成長市場への進出」「投資対象の拡充」を盛り込み、
その一環として海外市場への進出、地方中核都市での投資拡大を推進。
「オフィスビル」「商業ビル」「海外」「地方」という4つの事業分野を持つ総合的な不動産企業として存在感を高めていく。

変革期

2004年 10月

商船三井の連結子会社となる

2005年 3月

世界的なIT拠点づくりの
一翼を担う

東京都千代田区外神田に秋葉原ダイビル竣工(秋葉原駅前再開発事業)

IT拠点秋葉原クロスフィールドの中核を担う秋葉原ダイビルは「産学連携機能」「集客等機能」「情報ネットワーク機能」「オフィス機能」の4つの機能が求められた。IT拠点にふさわしく、2階に「学びと創造の場」および「コンベンションホール」、5階に「カンファレンスフロア」と「産学交流ゾーン」を設け、6階から15階には産学連携機能に資するテナントを誘致。IT関連企業や大学、公的研究機関などが入居した。

東京都千代田区外神田に秋葉原ダイビル完工(秋葉原駅前再開発事業)

2005年 3月

東京都港区虎ノ門の商船三井ビルディング
(虎ノ門ダイビルウエスト)取得

2009年 3月

伝統の継承と
最新性への挑戦

大阪市北区中之島に中之島ダイビル竣工
(中之島3丁目共同開発)

大阪地区における建替第一弾である中之島ダイビルは、「フレキシビリティ」「ハイアメニティ」「エコロジー」の3つをテーマとして建設。低層フロアには商業施設を設置し、外装の「エコロジカル・ファサード」で環境重視を印象づけた。低層基壇の南北両玄関に石の装飾柱やアーチ、軒蛇腹などのデザインモチーフをビルトインすることで、長年にわたって大阪市民に親しまれてきたダイビルのイメージを継承した。

大阪市北区中之島に中之島ダイビル完工(中之島3丁目共同開発)

2009年 7月

大阪市西区土佐堀に土佐堀ダイビル竣工

2010年 1月

東京都千代田区外神田の秋葉原駅前プラザビル(BiTO AKIBA PLAZA)取得

2010年 4月

東京都港区南青山の
青山ライズスクエア(信託受益権)取得

2012年 1月

初の海外進出
ベトナム
「Saigon Tower」を取得

ベトナム・ホーチミンのSaigon Towerを所有する「Saigon Tower Co., Ltd.」(現 Daibiru Saigon Tower Co., Ltd.)を連結子会社化

ベトナム初の日系不動産会社が所有するオフィスビルとなったSaigon Tower。1996年竣工で設備面での更新時期を迎えており、日本基準を目指して、チラー(冷却水循環装置)更新、リフトやロビー・廊下のリノベーション、ベトナムのオフィスビルでは初めての全館ウォシュレットの設置、外観美化工事などさまざまな大型リニューアルを実施。継続的なビル価値の維持・向上、日本ならではのきめ細かいサービスで高い評価を得ている。

ベトナム・ホーチミンのSaigon Towerを所有する「Saigon Tower Co., Ltd.」(現 Daibiru Saigon Tower Co., Ltd.)を連結子会社化

2013年 2月

大阪市北区中之島にてダイビル本館建替工事完了、
新ビル竣工

大阪市北区中之島にてダイビル本館建替工事完了、新ビル完工
新旧比較

新旧比較 ダイビル本館 約90年の時を経て、新たに竣工。
受け継がれたレンガ造りと設計思想。

旧ダイビル本館といえば、日本における本格的な貸しビルの草分けとされる存在だ。
この名建築をどう建替ていくのか。様々な議論を重ね「歴史を物語る姿を復元してその姿を残しつつ、最新の機能性や安全性を実現し、末永く使い続けていけるものにしなければならない」という思いに到達。旧ダイビル本館の外装を構成していたテラコッタ、レンガ、石材レリーフを再利用する一方、最先端の発想および技術が惜しみなく投入された新しいダイビル本館が完成した。

Before ダイビル本館
After ダイビル本館

鷲と少女の像

旧ダイビル本館ではオリエント風を加味したネオロマネスク様式の外観イメージも人々の目を引いた。中央玄関の半円アーチの上に飾られていた「鷲と少女の像」も復元され、竣工以来長く市民に親しまれている。

Before 鷲と少女の像
After 鷲と少女の像

ダイビルサロン1923

1階には、ダイビルサロン1923を開設。旧ダイビル本館の装飾品や調度品を再現し、在館者のための社交の場として供されていた「大ビル倶楽部」の雰囲気を彷彿させる。

Before ダイビルサロン1923
After ダイビルサロン1923

2014年 12月

ベトナム・ハノイのCornerStone Buildingを所有する「VIBANKNGT Co., Ltd.」(現 Daibiru CSB Co., Ltd.)を連結子会社化

ベトナム・ハノイのCornerStone Buildingを所有する「VIBANKNGT Co., Ltd.」(現 Daibiru CSB Co., Ltd.)を連結子会社化

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2015年 3月

大阪市北区堂島浜にて新ダイビル建替工事完了、新ビル竣工

大阪市北区堂島浜にて新ダイビル建替工事完了、新ビル完工
新旧比較

新旧比較 新ダイビル 自然との調和の思想を受け継ぎながら、
新時代に向けた、新たな姿へ。

「環境と調和」のビジョンが盛り込まれた旧新ダイビル。新しい新ダイビルは「堂島川沿いにのびやかに大庇が積層する環境親和型ランドマークビル」を目指し、環境負荷の軽減や外気冷房や雨水利用などの自然の恵みを生かした環境共生ビルとなった。徹底したBCP対策も盛り込み、災害対策だけでなく復興も意識した。
最大の挑戦となったのは屋上樹苑の移植計画で、約1,000坪の「堂島の杜」が整備され、樹勢の盛んな22本が移植された。

Before 新ダイビル
After 新ダイビル

屋上樹苑は「堂島の杜」へ

旧ビルの屋上樹苑で育ったケヤキやモミジ等の樹木の一部を移植。旧ビルの屋上樹苑に込めた思いと共に、生物多様性に配慮した新たに安らぎの杜として生まれ変わった。

Before 屋上樹苑は「堂島の杜」へ
After 屋上樹苑は「堂島の杜」へ

羊のオブジェ

直線的なビルの固い印象を和らげることを狙い設けられていた旧ビル4階の四隅のバルコニー。そこに鎮座していた羊のオブジェは、新ビル竣工に際し地上に降り、新たな新ダイビルの顔として敷地の四隅に移設された。

Before 羊のオブジェ
After 羊のオブジェ

2018年 7月

東京都中央区日本橋の日本橋NKビル(日本橋三丁目ビル)取得

2018年 9月

Daibiru Australia Pty Ltd を通じ、オーストラリア・シドニーにてオフィスビル開発プロジェクト「275 George Street」取得

2019年 7月

初の自社開発の
商業ビル

東京都千代田区外神田にBiTO AKIBA竣工

電気街やサブカルチャー関連店が並ぶエリアと、駅前を中心とした再開発が進むエリアという個性の異なるエリアの結節点に位置し、両エリアを行き交う人々を引き寄せ、賑わいを創出するビルを目指した。特徴的な外観は、江戸時代の工芸品である「ガラスの重箱」をモチーフとし、伝統的でいて華やかさと活気を演出。ブランド名となったBiTOは「美しい都=BiTO」と「ビルに集う人々=BiTO」の意味が込められている。

東京都千代田区外神田にBiTO AKIBA完工

2019年 10月

東京都港区芝浦のシーバンスS館 一部持分取得

2019年 11月

初の地方中核都市
進出

札幌市中央区のダイビルPIVOT等計3 物件を取得

大阪・東京以外のいわゆる地方中核都市へ進出し、事業エリアの拡大を図り新たな飛躍を目指すため、札幌へ進出。札幌市の中心地でおよそ半世紀にわたり札幌の商業エリアで最大規模を誇った商業施設「PIVOT」「ペンタグラムビル」「桂和MTビル」の3つの物件を取得。この3物件を「ダイビルPIVOT」「ダイビルPIVOT西館」「ダイビルPIVOT南館」と改称して継続運用を進める一方、2020年1月に札幌事業室(現札幌事業部)を開設した。

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札幌市中央区のダイビルPIVOT等計3 物件を取得

2020年 12月

第二の海外進出国
オーストラリアでの挑戦

オーストラリア・シドニーに275 George Street竣工

様々な調査を経て、ベトナムに続く第二の海外進出先としてオーストラリアを選択。開発業務を委託する先に対し、当該敷地の所有権を売却するというForward Funding方式の投資家として、開発プロジェクト「275 George Street」に参画。シドニー中心業務地区における主要駅の一つであるWynyard駅至近に位置し、市内中心部を南北に走る主要幹線道路であるGeorge Streetにも面する抜群の立地に、オーストラリア第1号となるビルを取得した。

オーストラリア・シドニー市に275 George Street完工

変革期

創立100周年とその先に向けて

当社はこれまで「ビルを造る」ことに徹底してこだわり、その結果として「街を創る」ことに貢献してきたが、
これからは多くの関係者との「共創」を通じ、「街を創る」視点でビルを造っていく必要がある。
積み重ねてきた経験と実績を携え、商船三井グループの持つ豊富な経営資源も活用しながら、事業の強化・拡充を目指す。

変革期

2022年 4月

東京証券取引所上場廃止

2022年 12月

東京都千代田区大手町の大手町ファーストスクエア
一部持分(信託受益権) 取得

2023年 3月

東京都千代田区大手町の大手門タワー・ENEOSビル
一部持分(信託受益権)取得

2023年 5月

オーストラリア・メルボルン中心地区にて
オフィスビル開発プロジェクト(7 Spencer Street(仮称))へ参画

オーストラリア・メルボルン中心地区にてオフィスビル開発プロジェクト(7 Spencer Street(仮称))へ参画

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2023年 6月

商船三井興産およびダイビル・ファシリティ・マネジメントを
100%出資子会社化

2023年 7月

オーストラリア大手不動産開発会社Mirvac Limitedが運営する
オフィスビルファンド
「Mirvac Wholesale Office Fund」(MWOF)に出資

2023年 10月

創立100周年を迎える

創立100周年を迎える

2023年 12月

ベトナム・ハノイの「63 Ly Thai To」取得

2023年 12月

東京都千代田区霞が関の虎ノ門ダイビルイースト(信託受益権)取得

2024年 1月

大阪市中央区南久宝寺町にて
御堂筋ダイビル建替工事完了、新ビル竣工

大阪市中央区南久宝寺町にて御堂筋ダイビル建替工事完了、新ビル完工

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2024年 3月

交換による楽天クリムゾンハウス青山の
一部持分(信託受益権)取得
新ダイビル・土佐堀ダイビルの一部持分譲渡

2024年 4月

ベトナム現地法人「Daibiru Vietnam Company Limited」を設立

2024年 4月

インド・グルグラム市中心地区におけるオフィスビル開発プロジェクト「Atrium Place プロジェクト」へ参画

2024年 6月

名古屋市港区における物流不動産(冷凍自動倉庫)開発事業へ参画

2024年 11月

インド・チェンナイ市ビジネスパーク 「International Tech Park Chennai, Radial Road」へ参画

  • ダイビル100年史
    ダイビル100年史
    ダイビル100年の歩みを通史・テーマ史・年表の3つの切り口で編集した歴史コンテンツです。
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    ダイビルの歴史を時世や人物を交えて紹介する、物語仕立てのコンテンツです。
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    創立100周年を機に制作した一世紀におよぶダイビルの歴史映像です。